曖昧さが許容される分野での強さ
ChatGPTのニュースを追っていても、そろそろ斬新なものは目立たなくなってきた。他社の同種サービスも揃いだしてきたが、ChatGPTのネームバリューは揺るぎない。抜け出したものの勝利である。
ChatGPTのネタバレ感はもう何でも感じているのであるが、現状としては、やはり確実性に欠ける部分がデメリットにならない分野での強さが活きる分野では必須の存在になっていくだろう。
将棋AIの受け入られ方
数年前から、将棋実況においては形勢判断AIの仕様がなかばデフォルトになってきている。それ以前の形勢判断が表示されないものを見ると、なんともシンプルな画面であって違和感を持ってしまうほど、それはありふれたものになってきた。
形勢判断AIはその仕組からして完璧ではないが(将棋の必勝法が解明されていないという意味で)、ほぼ正しい判断として受け入れられている。
形勢判断AIは読み進めるに従って評価に変化が出てくる。最近では評価の速度があがったためか大きく変化することはないように思うが、しばらく読み進めていくと評価が逆転することや、それが人間の判断に遅れることもあり、それをもって人間が讃えられることはあれど、形勢判断AIが使えないと言われることはない。これは、形勢判断AIの歴史からして、使い物にならない時期を皆が記憶しているからだろう。そこには、完璧が期待されていないのだ。
ひるがえって、形勢判断AIの指摘する最善手を指さなかったからと言って、棋士が避難されたり軽んじられることはない。これは統一的な見解があるのかは分からないが、これも将棋界におけるAIの歴史のなせる受けれ入られ方であると思う。
形勢判断AIが示す形勢は主に%で表示されるのであるが、それはまさに形勢判断AIが評価した最善手を指し続けられればという条件がついているのだ。それは棋士であれば第一感の積み重ねのときもあれば、非常に難しい指し手の一度を続けていくことでようやくたどり着けるときもある。
特定時点で示される形勢は、その後の読み(計算)の上でのものであるから、綱渡りを数十手続けた上での形勢ということがあり得るのだ。その数十手の間に、一手でも間違えると形勢が逆転するということも珍しくない。そうすると、仮に形勢80%(勝勢)に至る手順があったとしても、自然な手で形勢60%を維持するほうが「人間にとっては自然」という判断があるのであって、そのような考え方が棋士間で当然のように受け入られているように感じられる。ここに、人間とAIの調和が認められる。過渡期のものなのかもしれないが。
ChatGPTの落ち着き先
ChatGPTにおける不完全さは、そのうち受け入れられるだろう。その一方で、不完全さを避難する風潮も変わらず残り続けるだろう。
ChatGPTが受け入れられやすい分野、その強みを活かしやすい分野や使い方は、限られているかもしれないが、そこでは必須の存在になり得る。そして、それを活かせるのは、その不完全さを受け入れられる人たちだ。
不完全さを受け入れられなければ、無益な非難を続けるだけであろうし、あるいは大きなミスを犯してしまうだろう。最近はChatGPTを用いたサービスがこなれてきた感があるが、どうもこの不完全性を無視して過大に見える成果を示した売り込みが目につくように思う。存在しない完全さを売りにすれば、どこかで誰かが代償を支払わなければならない。