天災の結果は予想より軽くて当然

台風10号が鹿児島に上陸しました。上陸前の予報では、週末には東北地方まで縦断する可能性が指摘されていました。その後上陸すると、週末に関東地方まで縦断する見込みとなり、最終的には関東地方に至るまでに熱帯低気圧になるとされました。現状としては、関東ないし北陸に至るまでには熱帯低気圧になる可能性が高いとなりましたが、それでも大雨の危険性は以前高い状態です。

前回の台風9号についても、事前の予測よりは被害が少ない結果となりました。予測と示されたいたもの説明として、被害が最大のときを踏まえて報道し防災することは間違っておらず、結果として被害が少なかったことは予報を否定することではありません。そうしますと、思っていたよりは被害が小さかったという結果は、ほぼすべての予報に言えそうです。

台風9号及び台風10号について、私は思ったより被害が少ない、少なくなりそうだという印象でしたが、これは当然の結果でした。

少し前の南海トラフ地震に関する対策にもいえますが、まず天災自体は正確にはいつくるかわかりません。台風については規模や進路が不確定です。地震については直前に予測できるとの報道に触れたことはありますが、本当に直前であり、そこからなにか準備をする時間はありません。このような天災が常に訪れている日本に生活するうえでは、いつ何があっても仕方がないという気持ちを持たなければなりません。その場合でも、被害を最小限にするために日頃からなにができるかが、防災の肝になります。

日本人の特性なのかわかりませんが、やはり危機感を持ち続けることは難しいです。実際の地震や台風が来て初めて防災を意識し、その後しばらくは社会的に関心が継続しますが、いずれ日常に戻ってしまいます。常に気を張り続けることは不可能です。そうしますと、常に意識し続けるのではなく、瞬間的に意識を防災に切り替えたときに動ける準備をしておくことになります。

よく地震や津波などでは、3日間支援なく行きていられるかが大切だと言われます。日本の防災体制として、3日間たてば何かしらの支援が来る可能性が非常に高いということだと思います。また、逆にそれで支援が期待できなければ、国家的な危機ということになります。3日間以上の備えがあればもちろん良いですが、備えるということはコストが非常に高いです。備蓄するにしても、定期的に整理しなければならず、また、それが身近なところになければなりません。押し入れや倉庫の奥にあったのではたどり着けなくなっているかもしれません。食料品など以外のすぐに必要なものについては、枕元に置くなどが推奨されていますが、意識が下がってくれば邪魔に感じたり、しまい込んだりしててしまいそうです。

日常の利便性をどこまで犠牲にできるか、いかに違和感なく防災を日常に溶け込ませるか、そこで秤にかけられているのは自分自身の命です。命以上に大切なものがないことを理解すれば、ある程度の利便性は犠牲にできそうです。備えについても、多大なコストが掛かるわけではありません。日頃から消費する食料品などの種類を工夫して、日頃消費する中に備蓄を組み込むようにするのが理想です。好みの食生活についてそれほどこだわりがない私にとっては、特別なつらさはなさそうに思います。

最低限の備蓄と水について、これから個人的なサイクルを構築しようと思います。

どうしようもない状況そ想像するのは簡単ではありません。今回の台風10号について、関東では思ったよりは影響が少なかったのですが、非常に多量の雨が降ったのは事実ですし、身動きができなくなったことも間違いありません。車があったとしても、視界も非常に悪くなり、事故が多発することも予想されます。事故が起きれば家の中で静かにしているときとは全く環境が違います。外になんの準備もなく投げ出されるような状況も考えなければなりません。

防災を以下に生活に埋め込むか、考えていきたいです。

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